夏の医学コラム

ジメジメした梅雨らしい蒸し暑い日が続いていますね。私は寒い冬よりも、「暑い‥」と思いながら汗をかいて過ごす暑い夏が好きですが、気温も湿度も上がってきた昨今、そろそろ「食中毒」に気をつけないといけないと感じた出来事がありました。

6月中旬のある日のことです。カレーがどうしても食べたくなったので、夕食にカレーを作りました。うっかり作りすぎてしまったので、「残ったカレーは翌日に食べよう」と思い、室温で冷ますことにしました。数時間後、すっかり鍋ごと冷めてしまったので、そのまま冷蔵庫に入れておくことにしたのです。

翌朝、カレーを食べようと冷やしていた鍋を冷蔵庫から取り出し、鍋の蓋をあけたました。その時でした。「あれ‥」と匂いに違和感を覚えたのです。「これを食べたらお腹を壊すかもしれない‥」と、とっさに思った私は、もったいないと分かりながらも廃棄することにしました。

気温や湿度が高くなる梅雨時期や夏期は、食中毒の発生が増える時期として知られています。厚生労働省の「食中毒統計資料」によると、昨年の1年間に全国で発生した食中毒は、6月が最も多かった¹(128件)であったことが報告されています。まさに、今が最も食中毒が多い時期であり、注意が必要であると言えるでしょう。

実は、夏の時期のみならず、食中毒は一年を通して発生していることが報告されています。例えば、冬の時期は、ノロウイルスをはじめとしたウイルス性の食中毒の発生が多くなります。「生牡蠣を食べた2日後ぐらいに、吐き気と腹痛がひどくなり、下痢が止まらなくなりました‥」と、冬の外来診療では、このような症状で受診する方を多く見かけるようになります。

食中毒²の主な原因は、細菌(カンピロバクターやウェルシュ菌など)、寄生虫(アニサキスなど)、ウイルス(ノロウイルスなど)です。アニサキスを代表とする寄生虫による食中毒は、年間を通して発生していることが報告されていますが、気温や湿度が高くなる時期は、細菌性の食中毒が増加傾向になり、冬の時期はノロウイルスをはじめとしたウイルス性食中毒が増加します。つまり、日頃からの食中毒の予防が大切なのです。

さて、私が作りすぎてしまったカレーですが、カレーはウェルシュ菌³という細菌性の食中毒を引き起こすことで知られています。ウェルシュ菌は、動物の腸管内や土壌など、自然界に広く存在している細菌です。100℃で1時間の加熱にも耐えることができる芽胞という殻を作って、生き残るという性質を持っています。そのため、カレーやシチュー、肉じゃがといった料理を調理した後、そのまま常温で保管してしまうと、芽胞となって生き残ったウェルシュ菌が、増殖する上で適温となった食品の中で急増してしまうのです。加熱調理しても生き残る性質を持つウェルシュ菌を食することで、私たちは食中毒を引き起こしてしまうのです。
 
そのため、ウェルシュ菌による食中毒を予防するためには、ウェルシュ菌をいかに増殖させないかがポイントです。重要なことは3つあります。

まず一つ目に、翌日に食べるカレーもまたひと味違って美味しいのですが、カレーは食べきれる量を作り、加熱調理後はなるべく早く食べることが大切です。二つ目に、やむを得ず保存する場合は、短時間で出来るだけ温度が下がるよう、小さな容器に小分けするなどし、なるべく早く冷蔵庫で保存することが大切です。農林水産省によると、ウェルシュ菌は12~50℃で増殖し、特に43~45℃で活発になるといいます。増殖しやすい温度で放置しないような注意が必要というわけです。三つ目に、一度保存した料理を食べる際には、増殖しやすい環境を作らないよう中心部まで十分に加熱し、早めに食べることが大切です。十分に加熱することによって、ウェルシュ菌を減らすことができるというわけです。

湿度の高い暑いこの時期は、どうしても熱中症対策に向きがちです。それに加えて、食中毒対策もしっかり行なうことで、梅雨や夏の時期を乗り切っていきましょう。

⼭本佳奈

参考⽂献

  1. https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/statistics.html#:~:text=%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%9C%81%E3%81%AE%E7%B5%B1%E8%A8%88%EF%BC%88%E9%A3%9F%E4%B8%AD%E6%AF%92,%E4%BA%BA%EF%BC%89%E5%A0%B1%E5%91%8A%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
    https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230622/k10014106261000.html
  2. https://www.maff.go.jp/j/syouan/seisaku/foodpoisoning/statistics.html#:~:text=%E5%8E%9A%E7%94%9F%E5%8A%B4%E5%83%8D%E7%9C%81%E3%81%AE%E7%B5%B1%E8%A8%88%EF%BC%88%E9%A3%9F%E4%B8%AD%E6%AF%92,%E4%BA%BA%EF%BC%89%E5%A0%B1%E5%91%8A%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
  3. https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/kenkou/anzen/food_faq/chudoku/chudoku21.html#:~:text=%E3%82%A6%E3%82%A7%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%A5%E8%8F%8C%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%AA%E3%81%AB&text=%E3%81%93%E3%81%AE%E3%81%9F%E3%82%81%E3%80%81%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%81%AA%E3%81%A9%E3%82%92,%E3%81%A7%E9%A3%9F%E4%B8%AD%E6%AF%92%E3%81%8C%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
  4. https://www.maff.go.jp/j/syouan/syoku_anzen/anzen/r0306/werushu.html#:~:text=%E5%AB%8C%E6%B0%97%E6%80%A7%E8%8F%8C%EF%BC%88%E7%A9%BA%E6%B0%97%E3%81%8C,%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%88%E3%82%AD%E3%82%B7%E3%83%B3%EF%BC%89%E3%81%AB%E3%82%88%E3%82%8A%E5%BC%95%E3%81%8D%E8%B5%B7%E3%81%93%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82


著者:⼭本佳奈(やまもと・かな)
略歴:1989年⽣まれ。滋賀県出⾝。医師。医学博⼠。2015年滋賀医科⼤学医学部医学科卒業。2022年東京⼤学⼤学院医学系研究科修了。よしのぶクリニック 医療コンサルタント・福島県立医科大学 博士研究員・医療ガバナンス研究所 研究員・AERA dot.  コラムニスト。著書に『貧⾎⼤国・⽇本』(光⽂社新書)がある。
活動:定期的に医療記事を発信している
1. アエラドットへ
https://dot.asahi.com/columnist/profile/?author_id=yamamotokana
2.毎日.JPへ
 (https://mainichi.jp/premier/health/山本佳奈の健康ナビ/)

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